2007年10月06日

米ドルについての考察

肉まん父さん自身は、今の世界情勢から考えると、米ドルの価値は相対的に下がっていくと考えています。


逆に上がっていくのは、ユーロだと考えています。


根拠は以下の文章をご覧下さい。


本文1はここから



ドル(ダラー)という名前は、ドイツで使われた歴史的通貨のターラー (Thaler) から来ている。



ターラーは、16世紀にボヘミアのザンクト・ヨアヒムスタール(現在のチェコ・ヤーヒモフ)という銀の鉱山で鋳造されたヨアヒムスターラー (Joachimsthaler)
という銀貨の名前が短縮されてターラーと呼ばれるようになったものである。



その後、このターラーという言葉がアメリカに渡り、Dollarと呼ばれるようになった。



日本では明治時代初期にDollarを日本式に読んで「ドルラル」と呼び、それが略されてドルとなった。



ドル記号$の由来は諸説あるものの、一番有力な説はスペインのペソに起源を持つというものである。



ペソを表すP'sがだんだんとPの上にSが書かれるようになった結果、$になったものとしている。



縦線を2本書くのはジブラルタル海峡の両端に立つヘラクレスの柱に由来しているとする。



また別の説では、同じくペソが8レアルであったため、「8R」が$のように書かれるようになり、これがペソを表すようになった、とする。



そのほかに、英国の通貨単位のひとつシリングのSに由来するなどの説がある。



このドルを自国通貨の名称として使っている国はアメリカ合衆国ドル以外には



1、オーストラリア・ドル

2、バルバドス・ドル

3、バハマ・ドル

4、ベリーズ ・ドル

5、バミューダ・ドル

6、ブルネイ・ドル

7、カナダ ・ドル

8、カイマン諸島ドル

9、東カリブ・ドル

10、フィジー・ドル

11、ガイアナ・ドル

12、香港ドル

13、ジャマイカ・ドル

14リベリア・ドル

15ナミビア・ドル

16ニュージーランド・ドル

17シンガポール・ドル

18ソロモン諸島ドル

19スリナム・ドル

20ニュー台湾ドル

21トリニダード・トバゴ・ドル

22ジンバブエ・ドル がある。



このほか、国際的に認められていないシーランド公国の通貨である、シーランド・ドルが存在する(アメリカ・ドルと等価)。



しかし、普通日本でドルといえば米ドル(アメリカ合衆国ドル)を指す。



米ドルの補助通貨は、セント、通称ペニー、1ドル=100セント。



その昔、大英帝国の通貨=ポンド(今現在肉まん父さんが取り引き中)が世界の基軸通貨の地位にあったが、第二次世界大戦後、ドルがその地位に座った。



しかし、アメリカ経済の相対的地位の低下とともに最強通貨のドルも、ユーロ・ポンド・円と共存時代に入った。




注釈→ここで基軸通貨についてご説明しよう。



基軸通貨(きじくつうか、Key currency)とは次の条件を兼ね備えた国際通貨を指す。 国際間の貿易・資本取引に広く使用される決済通貨であること 各国通貨の価値基準となる基準通貨であること 通貨当局が対外準備資産として保有する準備通貨であること。 基軸通貨としての機能を果たすには 通貨価値が安定していること 高度に発達した為替市場と金融・資本市場を持つこと 対外取引規制がないこと などが必要とされている。歴史的には、イギリス・ポンド(以下、英ポンド)やアメリカ合衆国ドル(以下、米ドル)が基軸通貨と呼ばれてきた。 英ポンドは19世紀以降、国際金融の中心地としてのイギリスの強力な立場を背景に基軸通貨としての役割を担っていたが、第二次世界大戦後はアメリカがIMF体制の下で各国中央銀行に対して米ドルの金兌換を約束したこと、及びアメリカの経済力を背景に米ドルが名実共に基軸通貨となった。欧州単一通貨ユーロが将来的に米ドルと並ぶ基軸通貨に成長するとの見方もあるが、現在のところ米ドルの実質的な基軸通貨としての地位は揺らいでいない。



本文2はここから



基軸通貨の歴史についてもう少しくわしく述べると、19世紀から20世紀初めのパックス・ブリタニカの時代には、その基軸通貨はイギリスのポンドだった。



七つの海を支配していた大英帝国は世界最大の債権国としてその影響力、信用力は絶大だった。



しかし、1920年代後半にそれぞれの国力の変化と共に世界最大の債権国は、イギリスからアメリカに移った。



いわば、政権の交代である。  



しかし、アメリカはまだ歴史が浅く、最大債権国としての自覚がなかったために、政権の空白(インターレグナム)を生じさせ、そのためにニューヨーク株式暴落を世界大恐慌にまで拡大させてしまった。



そして、この世界大恐慌に伴う大混乱が第二次世界大戦を招いたということは周知の事実である。



その反省に基づき、最大債権国アメリカは、1944年第二次世界大戦終結間際に、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズで連合国45ヵ国が集まり、戦後の世界経済を運営するための通貨・金融・貿易の枠組み作りで協定を結んだ。




ブレトンウッズ体制の下で国際通貨は、固定相場制を基礎に金1オンス=35ドル、そのドルに対して各国通貨の交換比率が定められた。  



この体制はアメリカがドルを公定価格でいつでも金と交換することを約束する「金本位制」のもとでなりたっていた。



その当時は、イギリスのポンドは「金本位制」からすでに離脱しており、アメリカの圧倒的な経済力と豊富な金保有をバックにドルだけが金との交換性が可能だった。




というのも、第二次世界大戦では当事国の中で唯一アメリカだけが本土での戦いや被害がなく、「戦争景気」で莫大な資産や金を保有出来たことにも関係している(ハワイの合戦は今回は除く)。




注釈→ここで金本位制のご説明をしよう。



金本位制のご説明



金本位制の理念は古くからあったと思われるが、金貨は貨幣として実際に流通させるには希少価値が高過ぎたため、蓄財用として退蔵されるか、せいぜい高額決済に用いられるかであった。金本位制が法的に初めて実施されたのは、1816年、イギリスの貨幣法(55 GeorgeV.c.68)でソブリン金貨(発行は1817年)と呼ばれる金貨に自由鋳造、自由融解を認め、唯一の無制限法貨としてこれを1ポンドに流通させることになってからである。 その後、ヨーロッパ各国が次々と追随し、19世紀末には、金本位制は国際的に確立した。日本では1871年(明治4年)に「新貨条例」を定めて、新貨幣単位円とともに確立されたが、まだ経済基盤が弱かった日本からは正貨である金貨の流出が続き、暫時銀本位制に変更されて日清戦争後に金本位制に復帰した。 しかし、第一次世界大戦により各国政府とも金本位制を中断し、管理通貨制度に移行する。これは、戦争によって増大した対外支払のために金貨の政府への集中が必要となり、金の輸出を禁止、通貨の金兌換を停止せざるをえなくなったからである。 その後1919年にアメリカ合衆国が復帰したのを皮切りに、再び各国が金本位制に復帰したが、1929年の世界大恐慌により再び機能しなくなり、1937年6月のフランスを最後にすべての国が金本位制を離脱した。 日本では、関東大震災などの影響で金本位制復帰の時期を逸し、1930年(昭和5年)に浜口雄幸内閣が「金解禁(金輸出解禁)」を打ち出したが、翌年犬養毅内閣が金輸出を再禁止した。 第二次世界大戦後、米ドル金為替本位制を中心としたIMF体制(いわゆるブレトン・ウッズ体制)が創設された。他国経済が疲弊する中、アメリカは世界一の金保有量を誇っていたので、各国はアメリカの通貨米ドルとの固定為替相場制を介し、間接的に金と結びつく形での金本位制となったのである。 しかし、1971年8月15日のいわゆるニクソン・ショック以降は金と米ドルの兌換が停止され、各国の通貨も1973年までに変動為替相場制に移行したため、金本位制は完全に終焉を迎えた。 日本の本位金貨(旧1,2,5,10,20円 新5,10,20円)も1987年(昭和62年)5月31日限りで流通停止になり、名実ともに管理通貨制度の世の中になった。



本文3ここから



ただ、戦後「戦争景気」の貯金で圧倒的な経済力を誇ったアメリカは相対的にその地位が低下し、特にベトナム戦争以降地位の低下が加速した。



アメリカの金保有高は1955年の世界シェア58%という、1つの国としてはありえないほどの割合を誇っていたが、15年後の1970年には27%と半減した。
 



保有量が少なくなり、ドルと金との交換を約束出来なくなったアメリカは1971年8月15日、金・とドルとの交換停止を含む新経済政策を発表した。



世に言う、ニクソンショックである。



その時点では、まだ固定相場制を維持していたが、73年に変動相場制に移行してからドル価値は断続的に定価を繰り返し、とくに、85年のプラザ合意以降、ドルは円に対して200円を割り、10年後の95年4月には一時80円台を割り込んだ。




他方、為替レートの変動を嫌うフランス、ドイツを中心に欧州は単一通貨の創設を目指し、ついに2002年初から単一通貨ユーロの流通が始まった。



以上の流れで、現在はアメリカドル・ユーロ・ポンド・日本円の共存時代に入っている。



また、中国の元の動きにも肉まん父さんは注目している。




注釈



若い方のためにお伝えすると、戦後の日本の景気が拡大したのは、1ドル=360円と言う本来よりも非常に日本円が安く扱われていたので、その影響で20年以上の輸出主導型の高度経済成長を続けることが出来たのである。
 最初から今のような1ドルが100円台であれば、第二次世界大戦後の昭和の時代のここまでの高度経済成長はない。  そして、今は安い「労働力」として中国その他に追い上げられ日本は苦戦していることは、若い方でもおわかりであろう。




また、アメリカの経済状況については、
「アメリカの赤字過去最大」
の記事



中国の外貨準備高については 「中国の外貨準備高9879億ドル」
の記事の青いアンダーバー(リンク)から入って頂くとよろしいかと思っている。







以上の背景により、 肉まん父さんのアメリカドル円のシナリオとしては、 少しずつゆるやかに2008年の北京オリンピックまでは、レンジまたは下降トレンドであると思っている。




ただ、あまりにもゆるやかであるため、肉まん父さんのような長期展望を考えている者が「ショート」で勝負してもスワップ負けするであろう。



具体的に述べると、ドル円の守りの指し値はすべて「買い」で 114.50→115.00 112.50→114.50 110.50→112.50・・というように 200pipsずつの買い下がりで、肉まん父さんは考えている。



攻めの指し値としては、先日初めて構築した114.50円でのドル円のポジションはすぐにリミットの115.50円となったので今はノーポジションである。




将来もっと下がって「守りの指し値」で2枚以上のポジションが取れた時に「攻めの指し値」をひまわり証券のチャートを見て入れたいと思っている。  



また、今のドル円に関しては、116.00円以上は肉まん父さんは絶対に手を出さない。



長期トレンドとして「何かの大きな要因」がおこらない限り、北京オリンピックまでは上昇トレンドにはならないと考えているからである。



ここまでの流れも、肉まん父さんの「シナリオ1」「シナリオ2」でのユーロやポンドが上がる訳の流れで容易に推測出来るであろう。



また、今回の記事の数字やその他の参考資料としてはインターネット百科事典の: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から多く引用させて頂いたことをここにご連絡致します。
 



 これからもよろしくお願い致します。       肉まん父さん


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posted by 肉まん父さん at 23:01 | TrackBack(0) | FX(外国為替)

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